毒親に支配された人生日記〜vol.3
私には年子の姉がいた。
でも確かこの頃一緒に住んでいなかったのだ。
私は祖母と二人暮らし。
玄関を入ると狭い台所があって、奥に和室が二間ある古い小さなアパートだった。
私はおばあちゃん子だったので、何も不満はなかった。
でも姉達の住んでいる場所を知らなかった。
一度祖母と母の住む家に行ったことがある。
そこは真新しい家で賃貸だけど、その頃はまだ珍しいメゾネットタイプの家だった。
家の中に階段があって壁も真っ白で、私と祖母が暮らしているアパートとはかなりかけ離れたものだった。
どうやらここに姉と母と、あの男が住んでいるらしい。
祖母とのこのアパートでの暮らしで覚えていることは、私は小さい頃から身体が弱く夜中中咳き込んでいたことがある。
今思えば喘息だったのだろう。
咳をしすぎて吐いてしまうこともあった。
でもそれを祖母に言う勇気はなかったのだ。
枕の下に嘔吐物を隠したこともあったけど、祖母は一度も怒らなかった。
それから、これは少し怖い話だけど
台所からトイレに入るタイプの部屋で、そのトイレの前に時々見えることがあった。
なにが見えるのか⋯
真っ青な顔が2つ
宙に浮いていた
男と女が寄り添って首をつっていた。
私は怖い話が苦手だ
本当に怖がりなのだ
でもこの時期はとてもはっきり見えた
もちろん祖母には言わない
祖母は心配症だったし、言ってはいけない気がしたから。
それから確かアパートの近くには公園があって、よく一人で歩いて行っていた
そこで初めて会った少し年上の女の子たちから飴をもらったことがあった。
私は貰ったものはポケットにしまった。
そう教えられて育ったから。
「知らない人から貰った食べ物を口にしてはいけない」
だから帰宅して祖母に報告した。
飴は袋に入ってたので食べるのを許可された。
それから昼間は基本的に“ナイトライダー”や“ハルク”や“水戸黄門”を観ていた。
祖母がそれらを好んで観ていたから。
祖母は基本的には、布団の中にいることが多かった。
身体が弱かったのだろう。
私は五歳になる頃、豆腐の味噌汁を作ること、お米を炊くことができた。
祖母に教わった。
ある日祖母が寝ている間に部屋を綺麗に掃除したことがあった。
祖母は目が覚めて「あんたが掃除したの?」
私は「うん」と答えた。
直後に祖母は気を失ったのである。
再び目を覚ましたときに、「どうしたの?」と聞いたら「嬉しくて気絶したんだよ」と言っていたが、あれは恐らく病気のせいだったのかもしれない。
平穏に感じた毎日は長くは続かなかった
その後私達はまた家を変えることとなる
vol.4へつづく